日本でも自民党が一九九七年に、バブル崩壊で低迷する景気対策の一つとして導入の検討を始めた。翌年には議員立法で「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」という長い名前の法律をつくり、一九九九年九月に施行された。これまでPFIが導入されたケースは、二〇〇〇年一〇月に稼動開始した東京都の金町浄水場の発電設備など、自治体の事業に限られていた。それを国レベルでも実施しようというのである。「官」がやってきた事業を景気対策のために「民」にやらせるという狙いのほかに、国としてもますます窮屈になる予算をにらんで、建設費や管理・維持費を月賦ならぬ年賦で払っていこうというわけである。
[参考]
JR東海道本線(東静岡)の新築マンション一覧
これらの第一決定と銘打たれた三つの「都市再生プロジェクト」は、いわば公共事業の新顔だった。ところが、都市再生本部が第三回会合で決定した第二次「都市再生プロジェクト」は数も多く、規模も大きいほか、大部分が以前から進行中か計画中の公共事業の古顔だった。なかには立ち往生し、破綻寸前の大規模公共事業まで含まれていた。主な公共事業をひろうとつぎのようになる。